採用内定の取り消しは違法か
採用内定の取り消しは違法になるのでしょうか。違法かどうかを判断する上で、そもそも「内定」とはどういった状態を指すのかを理解しておくことが非常に大切になります。
内定成立で労働契約が結ばれる
「内定」とは、求職者と企業の間で、就労開始予定日からの「労働契約(始期付解約権留保付労働契約)」が成立している状態をいいます。入社するまでに、書面の交換や意思確認手続きといった労働契約締結のための意思表示が予定されていない場合、求職者が自社に応募した行為は「労働契約の申込み」、内定通知を出す行為は「労働契約の申込みの承諾」、つまり「労働契約(解約権留保付労働契約)の成立」を意味します。
ただ、いつ何時も「内定通知を出した=労働契約が成立した」になるとは限りません。例えば、入社誓約書や内定承諾書などの提出を求職者に求めている場合は、求職者がこれらの書類を提出し、企業側が受け取ったときに労働契約が成立すると解釈される場合もあります。
※解約権留保付労働契約とは…入社予定日までの間に労働力提供のために必要な要件を内定者が満たせなくなった場合、会社側が労働契約を解約できる権利がある労働契約のこと。
不当な内定取り消しは「違法」と見なされる
「内定=労働契約の成立」となるため、内定の取り消しは「解雇」にあたります。よって、不当な内定取り消しは「違法」と見なされます。よほどの理由がない限り、内定取り消しはできません。
内定取り消しが認められるのはどんなとき?
ここでは、内定取り消しが認められるケースと認められないケースを説明します。自社が内定取り消しができる状態か判断する材料にしてみてください。
採用内定の取り消しが認められるケース
採用内定を取り消すことができるのは、採用内定当時に知ることができないもしくは、知ることが期待できないような事実であり、その事実が内定取り消しの理由として客観的に合理的かつ社会通念上相当と認められるときに限ります。以下、内定取り消しが認められる可能性が高い5つのケースについて解説します。
内定者が契約の前提となる条件や資格要件を満たさなかった場合
「大学や専門学校を卒業できなかった」「入社の際に必要と定められた資格や免許を取得できなかった」など、契約の前提となる条件や資格要件を満たせなかった場合、内定取り消しが認められることがあります。
内定者が傷病で働けなくなった場合
「病気になったことで長期間の入院が必要となり、通常の業務ができない」といった業務に支障をきたす問題が生じた際、内定取り消しが認められる可能性があります。ただし、就業に差し支えのない範囲の病気やケガ、内定前から企業が健康問題を知っていた場合は内定を取り消せません。
内定者が重大な虚偽申告を行った場合
採用の合否に直結するような重大な内容を詐称していた場合、内定取り消しが認められるかもしれません。ただ、学歴や職位、資格といった経歴を詐称していたとしても、詐称の程度によっては取り消しが認められないため、注意が必要です。
内定者が反社会的行為を犯した場合
内定後入社までの間に、「犯罪を犯した」「SNSで迷惑行為・誹謗中傷をした」「反社会的勢力と関わった」といった反社会的行為を行った場合は、内定を取り消せることがあります。また、企業にとって重大な犯罪歴を詐称していた場合も取り消しの対象になるケースがあります。
業績悪化により整理解雇が必要な場合
不況や企業の業績悪化により、人員削減を行うため解雇せざるを得なくなった場合(=整理解雇)、以下の4つの要件を満たせば内定取り消しが認められます。
1.人員削減の必要性
人員削減措置の実施が不況、経営不振などによる企業経営上の十分な必要性に基づいていること
2.解雇回避の努力
配置転換、希望退職者の募集など他の手段によって解雇回避のために努力したこと
3.人選の合理性
整理解雇の対象を決める基準が客観的、合理的で、その運用も公正であること
4.解雇手続きの妥当性
労働組合または労働者に対して、解雇の必要性とその時期、規模・方法について納得を得るために説明を行うこと
※厚生労働省「労働契約の終了に関するルール」より抜粋、一部編集
整理解雇はこれまで挙げたケースと違い、「会社都合」の解雇になります。企業は内定を取り消さなくてもすむよう、いかに経営努力を行うかが大切です。
採用内定の取り消しが認められないケース
原則的には上記の理由以外で内定取り消しは認められません。例えば、下記を理由に採用を取り消した場合は不当と見なされ、企業側には法的・社会的なリスクが生じます。
・妊娠したため
職務遂行に影響が出ない場合、「妊娠」を内定取り消しの理由にすることはできません。また、「妊娠したこと」を理由に内定を取り消すと、男女雇用機会均等法9条に違反します。
・特定の宗教に入信しているため
宗教や信仰は個人の自由です。よって、これらを理由に採用の可否を決めるのは、差別につながります。
・夜の店でのアルバイト経験があるため
アルバイト経験が採用の可否に直結していない場合は、取り消し理由として正当と認められません。
・社風に合っていないため
自社の求める人物像ではないと認識していた内定者に対して、「やはり社風に合っていない」として内定を取り消した場合、社会通念上相当であると認められず、採用取り消しは不当と見なされます。
・定員以上に採用したため
会社都合で内定取り消しを行う際は、先程挙げた4つの要件を満たす必要があります。これらを満たせない場合は、内定を取り消すことはできません。
内定取り消しのリスクと裁判例
ここでは、定取り消しを行った際に企業側に生じるリスクと、不当な内定取り消しを行ったことで裁判に発展した事例を説明します。内定取り消しを検討している採用担当者の方に、ぜひ一読していただきたい内容です。
採用内定の取り消しによって生じるリスク
内定取り消しによって企業側に生じる可能性がある主なリスクを3つ紹介します。
損害賠償・賃金相当額の支払い
裁判や労働審判で内定取り消しが違法だと判断された場合、企業側は損害賠償や賃金相当額を支払わなければならない可能性があります。例えば、当該内定者の悪い噂を聞いたからという理由で内定を取り消した行為が違法と判断された「オプトエレクトロニクス事件(東京地判平16.6.23 労判877-13)」では、次の転職先に就職するまでの2カ月半分の給与と慰謝料 100 万円の支払いが命じられています。
企業名の公開
内定取り消しを行った場合、適切な職業選択に役立つよう、厚生労働大臣が企業名を公表する場合があります。公表により企業のイメージが下がり、就職先として敬遠される可能性があることを覚えておきましょう。
企業名を公表できるのは、厚生労働大臣が定める以下項目のいずれかに該当するときです。ただ、倒産により翌年度の新規学卒者の募集・採用が行われないことが確実な場合は除かれます。
1. 2年度以上連続して行われたもの
2. 同一年度内において10名以上の者に対して行われたもの
※内定取消しの対象となった新規学卒者の安定した雇用を確保するための措置を講じ、これらの者の安定した雇用を速やかに確保した場合を除く
3. 生産量その他事業活動を示す最近の指標、雇用者数その他雇用量を示す最近の指標等にかんがみ、事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないときに、行われたもの
4. 次のいずれかに該当する事実が確認されたもの
・内定取消しの対象となった新規学卒者に対して、内定取消しを行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき
・内定取消しの対象となった新規学卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき
※厚生労働省「新規学校卒業者の採用内定取消しの防止について(職業安定法施行規則の改正等の概要)」より抜粋、一部編集
社員の信頼喪失
不当な採用取り消しを行った場合、社員からの信頼度が低下する可能性も無視できません。「社員に対しても不当に解雇するのでは」という疑念から、エンゲージメント低下や離職につながる事態も考えられます。
採用内定取り消しの裁判例
裁判で内定取り消しが無効と判断された事例を紹介します。
【新卒採用】大日本印刷事件
内定通知書を受け取り、誓約書を送った大学生が「グルーミー(陰気)な印象だから」という理由で採用が取り消されたものの、取り消しの理由が社会通念上相当と認められなかった事例です(最大判昭54.7.20)。
概要:
Aは、在学中に大学の推薦を得て応募した会社Bから内定通知書を受け取り、内定通知書に同封された誓約書を期日までに送付した。しかし、入社2カ月前に理由も伝えられないまま採用内定が取り消されたため、Aは取り消しは不当であるとして企業に従業員としての地位確認などを求めた。
状況:
採用内定通知以外に労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったため、内定通知は求職者からの労働契約の申込みを承諾したことを意味する。AとBの間には、労働者からの誓約書の提出とあいまって労働契約が成立していた。
判決:
Bが取り消し理由として挙げていた「グルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかった」は、解約権留保の趣旨・目的に照らして社会通念上相当であると認められないため、内定取り消しは解約権の濫用に該当すると判決された。
※参考:
厚生労働省「裁判例」
独立行政法人労働政策研究・研修機構「(6)【採用】採用内定取消」
公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会「全情報」
【中途採用】インフォミックス事件
採用取り消しの理由は客観的に合理的だと認められること、内定取り消し後の求職者への対応が不誠実であること、求職者に著しい不利益を与えたことから、社会通念上相当と認められなかった事例です(東京地決平9.10.31)。
概要:
大手コンピューター会社に勤務していたAが別会社Bにスカウトされたものの、採用内定を得た後に、経営悪化を理由に内定を取り消された。Aは内定取り消しは違法として地位保全(※)などの仮処分を申請した。
状況:
Bが入社の辞退を勧告したのは入社日の2週間前であり、Aは元いた会社の退職を取り消せない状態だった。
判決:
経営悪化は内定取り消しの客観的理由として認められるが、Aへの対応が不誠実であること、Aが著しい不利益を被っていることを考慮し、採用取り消しは違法と判決した。
※地位保全…雇用契約上の地位を仮に定めること>
※参考:
厚生労働省「裁判例」
独立行政法人労働政策研究・研修機構「(6)【採用】採用内定取消」
公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会「全情報」
内定を取り消したい場合にすべきこと
内定を取り消したい場合はトラブルに発展しないよう十分に配慮し、求職者に納得してもらうよう努めることが大切です。以下、内定取り消しを行う際に企業がすべきことを4つまとめました。
内定の取り消しに正当性があるかを検討する
繰り返しにはなりますが 、内定が承諾された時点で労働契約が成立しているため、内定の取り消しは解雇にあたります。前項までに述べたように、内定の取り消しができる場合というのは解雇が可能な場合であって、ケースは限定されています。そのため、まずは前項までの内容を参考に、現在の状況から内定の取り消しができるかどうかを検討しましょう。
なお、特に整理解雇の「解雇回避の努力」がなされたかの判断については、社会情勢や労働政策なども大きく影響します。他にも解雇の要件には専門的な判断を要する点が多いため、不明点は、弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談した方が良いでしょう。
適正な手続きを行う
内定の取り消しに正当性があったとしても、労働契約が成立している場合は内定取り消しは解雇扱いとなるため、労働基準法第20条に違反しないよう適正な手続きを取らないと、違法な解雇となってしまいます。労働者を解雇する場合は、少なくとも30日前に労働者に予告しましょう。30日前に予告しない場合は、30日分以上の平均賃金を支払う必要があります。
新卒の内定取り消しはハローワーク・施設長に報告
新卒者の内定を取り消した場合、ハローワークと施設の長に所定の様式を使って報告しましょう。これは、職業安定法施行規則第35条第2項で義務付けられているので、忘れずに行ってください。
取り消し対象者に誠意を持って対応する
内定取り消しは学生本人やその家族に深刻なダメージを与えます。企業は、採用内定取り消しの対象となった求職者(学生)の就職先を確保するため最大限の努力を行うとともに、対象の求職者(学生)からの補償金などの要求に誠意を持って対応することが欠かせません。これは、厚生労働省の「新規学校卒業者の採用に関する指針」に記載されています。
【補足】 新卒者の採用内々定の取り扱いについて
正式内定通知前の「内々定」とその承諾は、採用内定とは違うものと考えられることが多いため、新卒者の内定取り消しを考える際は注意してください。内定日よりも前の内々定の通知に承諾がされていたとしても、内々定と内定の時期が適切であれば労働契約は成立していないと見なされる場合が多いです。ただし、労働契約が成立していなかったとしても、場合によっては求職者の期待権を侵害したとして、損害賠償義務が発生することがあります。
まとめ
不当な内定取り消しは、双方ともにダメージを受けるものです。採用取り消しはセンシティブな問題になるため、不安なことがある方はぜひ専門家に相談してみてはいかがでしょうか。
内定を取り消す必要がない状況にいる採用担当者様は、これから企業都合による採用取り消しが発生しないよう、改めて現在立てている採用計画を振り返り、必要に応じて手直ししても良いかもしれません。「採用を成功に導く『採用戦略』のポイントとは」では採用戦略の立て方について説明しているので、興味がある採用担当者様はぜひご覧ください。
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